100人取材

【インタビュー#31】いつも私たちの生活に寄り添う神とは?

12月の一大イベント…といえば、
クリスマスが挙げられるでしょう。

イエス・キリストが誕生したこの日は、今や町中が煌びやかに彩られ、人々はどこか浮き足立つ、そんなイベントのひとつとなっています。

※これは2019年3月に取材した時のものです。

よく親しまれているクリスマスソングの中には讃美歌もあります。
それほどまでに、いつしか私たちの暮らしの中に寄り添っている宗教のひとつが「キリスト教」です。

「宗教」と聞くと、
怪しい…と思う方もいるかもしれません。

しかし、結婚式は教会で挙げる人も多いはず。
牧師さんの前で永遠の愛を誓うのも、キリスト教式。

対して日本の多くの葬儀では、お寺の方を呼びお経を唱える仏教。

実は身近に多くの「神」が存在しています。

「自分は無宗教だ」と言う方もいると思います。

ただ、今回のお話の主人公はそんな「キリスト教」に興味を抱いた一人の男性のお話です。

興味も関心もなかったキリスト教

神奈川県の逗子市で生まれた元野球少年。
今ではクリスチャンとなった石川有生(いしかわ ともみ)さん。

高校を卒業した後、興味のあった宇宙学を学べる東北大学に見事合格。

晴れて大学生となったある日、大学で出会った韓国人の友人に「教会に行ってみない?」と声をかけられ、足を運んでみたことが全ての始まりでした。

声をかけられた石川さんはというと、
当時はキリスト教について興味も関心もほとんどなかったと言います。

「誘われて行ってみて、そこで初めて『礼拝』というものを体験しました。親切な人たちがたくさんいて、居心地が良いなって思ったんです」

キリスト教は毎週日曜日の午前中に礼拝を行っています。

石川さんは心の中に残った「居心地の良さ」を確かめるように、毎週足を運ぶようになりました。

「教会に行き始めて2カ月が経った頃、その教会で聖書を集中的に学べる機会がありました。夕方から夜にかけて1日3時間ずつ、2週間ほどの期間のものです。特に理由はなかったのですが、全部出席しました」

しかし、石川さんにとって聖書の話はよく分かりませんでした。

ただ、
「生きることにはどんな意味があるのか」
「死んだらどうなるのか」
「愛とは何か」というテーマについて、
真剣に語ってくれる人がいるということに興味を抱いていたのです。

そして、宣教師(※外に出て行って伝道・布教するという働きに重きを置いている人のこと)の方の一貫性のある価値観や考え方に感心させられました。

続いて「この人が信じるものは何だろう」と、
次なる興味が湧いてきたのです。

宗教に対しての親の反対

しかし、そんな石川さんの行動を知ったご両親は教会に通うことを猛反対。

「実家はいわゆる普通の日本人の宗教観です。葬式はお寺で、年始は神社に初詣という感じです」

どうやら「得体の知れない宗教にハマった」と捉えてしまった様子。

「どんなものであれ行くな」と強く言いつけられたそう。

しかし、石川さんの心の中からキリスト教という存在が消えることはありません。

その後ご両親とのわだかまりもそのままに、教会へと通い続けました。

そんな家族との出来事を宣教師に伝えると、
ただただ話を聞いてくれたそう。

弁明するわけでもなく、
説教をするわけでもない…
その姿勢に、石川さんの心はただただ救われたようです。

これが大学1年生、夏のお話。

そしてその年の12月に洗礼を受け、
石川さんはクリスチャンとなりました。

ご両親には内緒です。

「親に伝えたのはその一年後です。認めてくれたというよりは、ボクを説得することを諦めていました。今はこの生き方に対して応援してくれています」

クリスチャンとなり、牧師の道へ

こうしてクリスチャンとなった石川さんが次に目指したことは「牧師になる」ということ。

牧師になるためには「神学校」というところで学ばなくてはなりません。

「学ぶ内容は、神学という学問があります。組織神学、聖書神学、歴史神学、ギリシャ語、ヘブライ語、宣教学、などなどです」

さらにことばを続けます。

「ボクの通っていた神学校は、月曜、火曜の夜間授業でした。本校(東京)での授業をリアルタイムで配信しているのをパソコンで見るんです」

他にも、年に2回程一週間単位でのスクーリングがあったり、教会での集会や、毎朝の礼拝6時~7時(平日)、水曜、金曜の夜の祈り会などなど内容は様々。

そんな日々を過ごすの中、途中で神学校を休学します。
そして、なんと企業に就職。

石川さんは営業マンとなりました。

突然の線路変更。

これには一体どういう意図があったのでしょうか?

「牧師は人と関わっていく人生なので、いい意味で人の心が理解できる必要があると思いました。なので社会人になってみようと思ったんです。なんでそのような考えになったのかはあまり覚えていないのですが…そのような話をされたかもしれません。それで、そうだなと思って決めたような気がします」と当時を思い出しながら話してくれました。

一年ほどその企業で社会経験を積んだ後、神学校に復学し、無事卒業を果たしました。

それから仙台、石巻の教会で牧師見習いとして勤務スタート。

しかしここで、体調を崩してしまいます。

不眠症に苦しみ、熱が下がらない、咳が止まらない、体重が一ヶ月で20kg減るなどなどから、最終的には無気力になってしまった石川さん。

そこで、実家の神奈川へ療養のために戻ることに。

「ただただゆっくり時間を過ごしながら休むことができました。親が受け入れてくれてよかったです。本当に感謝しかないです」とかつては石川さんとキリスト教についての反対をしていたご両親も、今では一番身近で応援してくれる存在です。

「会いに行くキリスト教会」

療養を経て、2018年夏に復活。

地元の教会で働き始めるのですが、
自身の中に新たにやりたいことが生まれてきたそう。

「教会の外に出て、キリスト教に縁もゆかりもない人たちにもっともっと伝えたいと思ったからです」
目指すは、キリスト教のにわかファンを増やすこと。

そして11月で地元の教会を辞めた後、12月から「会いに行くキリスト教会」として活動をスタートさせました。

現在収入は飲食店でアルバイトをメインに、そしてクリスチャンの仲間たちからの支援によりこの活動をやっているそう。

ひとつ、少し意地悪な質問かと思いつつも聞いてみました。

キリスト教のにわかファンを増やしたいと言いますが、冒頭でもお話していたクリスマスや結婚式など、すでに私たちの日常にキリスト教は隣合わせで存在していること、そして「イエス・キリスト」という存在は、すでに広まっているのではないか?ということ。

そんな現状の中、石川さんは今何を伝えたいのでしょうか。

それに対して、こう答えてくれました。

「そうですね…確かにイエス・キリストの名前を知らない人にはほとんど出会ったことがない気がします。だけど、名前以上のことを知っている人も少ないと感じます。ボクが伝えたいことは、これが誰かの救いの道になり得るということです」

誰かにキリスト教について話す時、石川さんはご自分の話を例に用いて話すことが多いそう。なぜ信じたのか、何を信じたのか、何が変わったのか…。

「こうしてボクの生き方を伝えることによって、『クリスチャンってなんだろう』と興味を持ってもらえる人になりたんです」

そしてもちろん、「信じなさい」と他の人に強要するつもりはないということをこれを読んでいる人たちに理解して欲しい。石川さんがしていることは、イエス・キリストを紹介するまでのこと。

「信じる信じないは本人と、それこそ神様との関係の中で成されるものだと思っていますから」とニコリ。

一見「宗教」という言葉を出してしまうと、
抵抗してしまう人もいると思います。

石川さんも実際に、こうした抵抗や偏見がある方に出会ったこともあると言いますが、今ではそんな人たちと仲の良い友人になるまでになったとか。

それは石川さん自身の中で揺るぎない確固たるものがあるからなのではないでしょうか。

また、キリストの教えでもある「愛」を忠実に、「出会った一人ひとりを大切にしたい」と語る石川さん。

クリスチャンだからと言って、私たちと何かが違う…というわけではありません。

誰もが対等の人間であることに、間違いありません。

石川さんもクリスチャンの仲間はもちろんのこと、宗教に関心のない人たちとも、対等な友達関係を築いているのですから。

私たちの日常にそっと寄り添う宗教。クリスマスのその時期ともなれば、石川さんにこっそりイエス・キリストの誕生について教えて、なんて聞いてみたら良いかもしれません。

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石川さんのTwitterはこちら
https://mobile.twitter.com/TmJGHC