100人取材

【インタビュー#12】想いを創作に込めたひとりのガラス作家

愛知県、瀬戸市。

ここにガラス作家として今、広い世界へ羽ばたこうとしているひとりの女性がいます。

名前は大河内愛美さん。
言葉のひとつひとつが優しく心に染み渡るような、柔らかい雰囲気をお持ちの方です。

※これは2018年12月に取材した記事です。

愛美さんのお話のテンポに心地よさを感じながら「ガラス作家」という職について、そして、愛美さんが抱える「病」についてのお話をお聞きしました。

直感で決めた、ガラス作家への道

「私がガラス作家になりたいと思ったのは、小学校6年生の時になります」

一番最初のきっかけは、とあるテレビ番組で映し出されたガラス作家さんのお話。

その作業工程に興味を持ったのと同時に、衝撃を受けたそう。
「直感的に『あ、私はこれがやりたい』と思ったんです」

小学校6年生のこの時に夢見たことが、現に叶っているのですから愛美さんのその想いの強さも感じ取れます。

きっかけだったテレビ番組からガラスへの興味が薄れることはなく、その後中学1年生の夏休みに滋賀県黒壁にある工房を訪れて吹きガラスを実際に体験しました。

この経験から
「将来は絶対にこれをやる」
その想いはさらに深まり、翌日にはガラスを学べる専門機関を調べるという行動に出ました。

しかし、愛美さんが見つけたその機関は大学からのもの。

そう、つまりは中学1年生にして「志望高校」ではなく「志望大学」をすでに決めたのでした。

目指した大学は、名古屋芸術大学。

大学進学までの長い時間でさえも、一度もその気持ちは薄れることもなく、見事志望大学の門をくぐりました。

実際に学んでみて感じる想い

晴れて志望大学へと入学し、待ちわびていたガラスを専攻。様々な技法を学びました。

実際にガラス制作に携わるようになり、始める前とのギャップは何かあったか聞いてみると…

「ギャップは無くて、むしろ吹きガラス以外にもたくさんの種類がガラス工芸にあると知りました」と、奥の深さを今も尚学んでいる真っ最中。

現在は器やグラスをメインに制作している愛美さんですが、実際に作り手となって感じる魅力についてはこう話します。

「私にとっての魅力は、ひとつひとつがその時によって形が変わるので、同じように作っていても模様の出方が変わったり…同じものは出来ない、ということですかね」

一瞬で形をつくらないといけないところも面白いところのひとつ。

「暖め直しながら作りますが、スピーディーに作った方がきれいにつくれます!」

また、既製品とちがって、作り手の想いを受け取ることができるのも魅力のひとつだと教えてくれました。

「大切な人へのプレゼントにして欲しいとか、暮らしを彩るとっておきにしてほしい、そんな想いを込めてつくっているんです」

こうして愛美さんは大学を卒業後、現在は瀬戸市新世紀工芸館の研修制度を利用して制作に励んでいます。

現在身を置く研修は2年間と決まっており、愛美さんは2019年3月に修了を迎えようとしています。

修了後は新たにやっていきたいことを遂行するために、就職せず工房レンタルで作品を制作し続けていこうと考えているのだとか。

今もうすでに個人的に連絡をもらって販売したりとすでに愛美さんがつくるガラスのファンがじわりじわりと増えてきている様子。

一番気になるのは、ガラス作家という職業。

なかなか身近にいないであろうその職は、1日の流れさえもあまり想像できません。

「私は日によりますが、大体1日に10〜20個くらいつくっているんです。大体17時くらいまで作業して終わり。休みもしっかりありますよ!火曜が休館なので休みなので、週1日はよく休んであとは制作に専念しています」

研修制度を利用していると言えども、先生やカリキュラムが用意されているわけではなく、自分で想いのまま制作に取りかかれるような仕組みに。

だからこそ今はとにかく自由に作品制作に専念している愛美さんです。

生まれつきの病気について立ち向かう

冒頭でも少し触れましたが、愛美さんは生まれた時から難病を抱えています。

病名はレックリングハウゼン。

カフェオレ斑や神経線維腫という皮膚の病変を特徴とし、そのほか骨、眼、神経系などに様々な病変を生じる病気です。

ここ最近ブログを始めた愛美さんですが、その理由のひとつが「自身の活動を通して自分の難病の認知度を広めたいと思ったから」

そう、だからこそブログを通じて病のことを公表しました。

ずっとこの病気に悩まされていた愛美さん。
外見に症状が出る病のため、過去にはそれを見つけた同級生から心ない言葉をぶつけられることもしばしば。

気づけばどんどん殻に閉じこもりがちに…

しかし、ここに来てあえて「私はこんな病気を抱えています」と声を出せるようになったのはなぜなのでしょうか。

「知ってもらいたいと思ったきっかけは凄く単純なんですが…」と愛美さんはその想いについてゆっくりと話してくれました。

「私はとある俳優さんのことを昔から応援していて、ガラスでいつか一緒に何かやりたい!と思っていたら、その想いが届き、少しではありますがお会いすることができました。今後実現するかもしれなくて、そうなった時にその俳優さんにも知ってもらいたいと思ったのが一番の理由ですね」

俳優さんとはブログを始める前に会ったので、いつかブログも読んでほしいと願っているそう。

愛美さんはさらに言葉を継ぎます。

「また、自分自身も病気である自分に疲れていたということもあります。心のどこかで、この人は私が病気だって知っても離れていかないだろうか…そんな想いがずっとあって本当の意味で仲良くなれなくて、もやもやしたりして。けど、ああやってブログに書くことで反応を知ったりできて、人間の本質を見極めることができるので」

これを愛美さんは「信頼関係を築く上での1つの指針になる」と話してくれました。

「受け入れてくれる人がたくさんいるので、同病の人にも打ち明ける勇気を持ってほしい、ということを一人でも多くの人に知ってもらうことで見た目に関しての嫌味を言う人を少なくしたいという想いです」

言葉は時に凶器と化します。
愛美さんの心は、同級生たちの言葉によって傷付けられていきました。

「当時はなぜ自分がいじめられているのか分からなかったのですが、今思い返せばこの病が原因で出来る見た目からなのかなと分かったんです」

誰も信じられなくなった過去…
生きている価値さえも、自分自信で見失っていたと言います。

それでも小学校6年生の時にガラスと出会って未来が変わりました。
見つけた夢を目標に、愛美さんは頑張って今日まで生きてこれたのです。

いじめに立ち向かってきた、とは言えない。
ただただ耐えていただけ、と過去を振り返りますが、 耐え抜いた先で、まさに夢を掴んだ愛美さん。

大好きな俳優さんとの繋がりも、自らの手で作り出したものです。

そんな愛美さんだからこそ、多くの人に伝えていきたいことがあるとブログでの発信を始めました。

「私は病気を抱えています」

それを公言する勇気は計り知れません。

「症状は人それぞれですが、あなたのことを受け入れてくれる人はもしまわりにいないとしても、いつか絶対出てくるよって伝えたいんです。同病の人にも、もっと自分に自信を持って大丈夫だよって、伝えたいんです」

愛美さんの想いは今、ブログを通じて多くの人に届けようとしています。

昔からの夢を叶えた今想うこと

「『夢を叶えてすごい!』と言ってくれる人は多いけど、私はまだまだだと思っているんです」

これまで諦めるということをせず、夢と目標に向かって一直線に頑張って一歩一歩進んできたのみ。

愛美さんにとっては至ってシンプルなことなんです。

今後は、基本的にネットでの販売を始め、連絡くれた方に対しての販売や、時々イベントや百貨店に出店や、展示会を開いてみたり、あとは様々な異業種の方とコラボしてみたり…

「これからも瀬戸で工房レンタルしながら今後も作家活動を続けていきます。でも出展等は全国どこへでもいきたいな。工房レンタルで作品が追いつけなくなるようになれば、個人工房設立しようかなと思っています」

やってみたいことも、可能性もまだまだたくさん秘めている愛美さん。病と共に生き、自分と向き合うからこそ、愛美さんから醸し出される優しいオーラがあるのかもしれません。きっとそれは、愛美さんが創り出すガラスにも表れているはず。

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