100人取材

【インタビュー#11】エリート野球青年が、未来を紡ぐ

水野雄伸さん、21歳。

現在金沢大学に通い、理学療法の勉強をしている彼は、自身が野球というスポーツを通じて経験したことを活かすべく、将来に向けて勉強に励んでいるところ。

「僕、今までの人生あまり挫折を味わったことなくて」とこんな言葉を口にしていましたが、決してそんな簡単には語り尽くせない、色んなドラマがあった水野さんの人生を少しだけ覗いてみましょう。

※これは2018年12月27日に取材した記事です。

今でも野球は好きじゃない。

小学校2年生の冬から野球を始めた水野さん。

大学生となった今でも野球は続けているのですが、本人いわく「正直野球好きやと思ったことなくて(笑)」なんて笑います。

でもなぜか続けられている…
その理由を水野さんは「友達というか、野球を通して得た仲間の存在があるからこそだと思います」と話してくれました。

中学時代ではライバルとして、
高校時代は仲間としてその存在のありがたみを感じることができたそう。

「高校の時までは正直、仲間なんていらないし、自分の力だけで勝とうって思っていました」

しかし、忘れられない高校最後の試合。

ピッチャーだった水野さんは、試合の冒頭で脚をつってしまいます。

「その時は正直負けたって思いましたけど、仲間が必死になってバックアップしてくれて…」

これをきっかけに水野さんは『仲間に頼る』ということを学びました。

この学びをきっかけに、大学に入ってから出会った仲間は、最初から水野さんにとってたくましい仲間たち。そんな心強いメンバーに囲まれ、今日も日々を過ごしています。

逆転を打たれた最後の試合

当初は仲間意識よりも、自分の力によって勝てれば…という意思でプレーをしていた水野さん。

仲間はみなライバル、と思っても仕方ない原因ともなり得るのが、中学生の頃に所属していたクラブチームは、同学年がなんと27人。

ここでは激しいレギュラー争いがありました。

きっと、水野さんの負けず嫌い魂にも火がついたことでしょう。

「最終的にはレギュラーを取れたのですが、ひたすら辛い練習ばっかりだったので途中何度も心が折れそうになりましたね」

そしてもうひとつ。
前述でも少し触れた高校最後の試合。

実はここでまたひとつ、悔しい出来事が起きていたのです。

「僕はスライダーという変化球が得意だったんですが、その球を最後に打たれてしまって…」

そう、それは逆転を打たれてしまった瞬間でした。

あそこでストレートを投げとけば打たれなかったんじゃないか…
大会のあと、そんな考えが水野さんを苦しめました。

今でこそ笑って話せるようになったそうですが、当時は落ち込んだことでしょう。

しかし、それと同時にずっと目標として掲げていた石川県の優秀選手に選出。見事表彰され、新聞でも取り上げられました。

複雑な心境だったかもしれませんが、高校野球が終わったあとの気持ちは「ほとんど悔いはない」と話します。

人生を変えた人たちとの出会い

「高校野球で僕は2人の人との出会いが大きかったと思っているんです」
と教えてくれた人物は、今巨人の育成にいる山下亜文さんと、高3の時に関わった顧問の先生。

「山下さんは、僕が高校2年生の時に対戦したんですけど、とにかくレベルが段違いで。全く敵わないというか、異次元でした。ピッチャーとしてもバッターとしても活躍する山下さんを見て、かっこいい!と思うと同時に、俺もあんな風になりたい!って思ったんです」

今まで「野球はそこまで好きではない」なんて気持ちを心のどこかに持っていた水野さんですが、その頃から野球への意識が変わったそう。

そしてもう一人、顧問の先生であった寺口先生は、若くして高校野球の日本代表のコーチを務めたこともあるスゴイ人。

その寺口先生から「このチームはお前のチームや」という言葉を受け、たくさん水野さんの意見を受け入れてくれたのだとか。

「間違いもたくさんあったと思うのですが、全て受け入れてくれたので、のびのびプレーすることができたんです!」

野球がそこまで好きではなかった、と言いつつもやるからにはいつも、どんな時も真剣に取り組んでいた水野さん。

決して途中で投げ出すことなく、いつも高い目標を持って突き進んできました。
そこにはまるで、信念のようなものも感じられます。

新たに目指す道

その後大学へ進学し、理学療法を学ぶ道へ進みました。

それも高校時代に自身が肩を痛め、理学療法士の方が身近にいたからというのが大きなきっかけに。

「僕も選手をサポートしたいって気持ちが大きかったんですよね」

こうして見事金沢大学へと入学を果たし、野球部にも入部するのですが、実は入学後すぐに野球をしていたわけではなく、少しだけ距離を置いていたのだとか。

その理由として、水野さんはこう話します。

「一種の燃え尽きではないでしょうかね。高校野球で目標達成してこれ以上やることもないというか…」

しかし再び野球部の門を叩いた水野さん。

本人はもしかしたら認めたくないかもしれませんが、水野さんの中で野球はとてつもなく大きな存在となっており、実は結構「好き」なのでは?と少し疑ってしまいます。

とは言え、取材当時は12月の野球オフシーズン。
春からは理学療法士としての実習も始まるため野球をできるかは分からないと話します。

「この先は、理学療法士としてはもちろんですが、将来的には大学教授になって3次元動作解析を中心として研究からスポーツにアプローチしていきたいと考えています!(※3次元動作解析…関節やポイントにマーカーを貼ることで、動作を関節レベルで見ることができるもの)」

新たな夢と目標を掲げ、水野さんは現在勉強はもちろん、全国各地に友達をつくるという、その達成に向けた下準備をしているところ。

人脈の大切さをひしひしと感じているようで「特にTwitter等のSNSを通じて出会った方々とオフラインで繋がった瞬間はなんとも言葉にできない喜びを感じる」と話していました。

こういった経験から、たくさんの人と交流し、たくさん会話し、たくさん学び合える場が欲しい…

それなら自分でつくろうと、水野さんが身を置く石川県でコメディカルの学生団体をつくろうと計画中。

年明け2019年頃から動き出そうとしているこの企画、ぜひ水野さんからお声がかかったら、皆さんサポートしてあげてくださいね。

「正直なところ人生で挫折したことない」と言い笑っていた水野さんですが、野球を通して苦しみや辛さも経験し、尊敬できる人々とも出会い、確実に人としても成長していきました。

その成長スピードはとても早い。

水野さん自身も「スピード感を大切に、これからも行動していきます!」とその想いを話してくれました。
時代を紡いでいく水野さんの背中をそっと応援し続けたい。なんだかそんな気持ちにさせてくれる、爽やかなエリート野球青年でした。

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水野さんのTwitterはこちら
https://www.twitter.com/YushinMizuno