100人取材

【インタビュー#10】人見知りの若者が北海道から歩いて日本一周

「歩いて日本一周」そんな名目を掲げて、今日も日本のどこかを歩いているのは札幌生まれのちーだーさん。お話を聞き始めた頃、彼は沖縄に向かうべく関西空港に降り立ったところでした。

22才、生まれも育ちも北海道札幌市の彼が日本一周を掲げるまでの秘話を、ここで少しご紹介します。

※これは2018年12月24日に公開した記事です。

苦い思い出も、でも良い思い出もある中学3年間の日々

小学校時代の昼休み。
クラス対抗で行われるドッジボールが大好きだったというちーだーさん。そのドッジボールへの想いがあまりにも強すぎて、ふざけてプレーしていた友人に真剣にやろうと怒ると「別に遊びでやってるドッジボールにそんなに怒るなよ!」と言われてしまったことも。

それくらい、ちーだーさんにとってドッジボールが唯一の楽しみでした。

その後中学にあがり「ドッジボール部があれば入りたかったんですが(笑)」と笑いながらも「運動は好きだったので、悩んだ末陸上部に」と、新たなスポーツへの道に進んだ話をしてくれました。

しかし、顧問との衝突によりすぐに退部することに…。

「辞めなきゃいけなくなった時は正直『やっとか。ラッキー』って気持ちでした」と話しますが、心配性だった親御さんへの事情説明の大変さや、その後の顧問の授業は最悪なひととき。

なんとか部活動から離れたちーだーさんは塾に通い、ハンドボール部がある高校を目指しました。もちろんこれはドッジボール好きの由縁。

塾にも通い、勉強にもしっかりと時間を注ぎましたが、結局志望校には手が届きませんでした。

それに対し「今でもあの3年間はもったいないと思っています」と言いますが、ちーだーさんは言葉を継ぎました。

「それでも、今でも親しくしている親友が3人いるんですが、3人とも中学の同級生ですし、実らなかったけど多少恋もしたので、あれはあれで良かったですね(笑)」

嫌な思い出も確かにあったかもしれない。
でも、その中に心がぽっと温まる歴史があったことは誰にも覆されない事実です。

一番楽しいと思えた高校生活

第一志望ではなかったものの、高校に進学したちーだーさんは念願のハンドボール部に入部。

「最初はとにかく大変でした。知り合いは一人もいないし、先輩との上下関係はほぼ初めて。最初はめっちゃ苦労したのを覚えています」

最初の内はそうでしたが、同級生や先輩、後輩、そして先生にも恵まれていると次第に感じるように。

「高校はハンドボール一筋でした。勉強だって赤点ギリギリでしたし」

セーフです、と言わんばかりですが実は一度だけ赤点を取ってしまったことがあるというのはここだけの話にしておきましょう。

不甲斐なさが残った中学時代の反面、高校は一番楽しい学校生活だったとちーだーさんは言います。

ハンドボール部で最高順位の全道3位を取った時はもちろん、部活帰りに肉まんやおでんを食べながら帰ったり、マックでゲームをしたり…そんな何気ない日々が、忘れられない大切な思い出になっています。

壊れてしまった自分。立ち上がった先にあったものは…

その後はスポーツに関わる仕事がしたいとスポーツの専門学校に進学。

3年制の専門学校でしたが、ちーだーさんはここを2年目の終わりで退学。残すところあと1年というタイミングでした。

理由は人間関係。
当時はうつ病になるくらいひどくなり「自分自身がめちゃくちゃになってしまった」とちーだーさんは言います。

この時20歳。

このタイミングで お父様の単身赴任が突然決まったり、弟が甲子園に出たり…多方面からちーだーさんに刺激を与えていきました。

立ち止まってしまった日から8カ月。

友人たちに支えられ、ついにちーだーさんは再び前を向いて立ち上がりました。
そして、立ち上がった先にあったのは「歩いて日本一周」

「昔から世界をテーマにしたテレビ番組が好きでした。だから世界一周してみよう!って思ったんですけど、いきなり世界はこわいし、英語は話せないからまずは日本!日本一周だな!でも免許はないからバイクはなし。じゃあ自転車か歩き!自転車で日本一周ってよく聞くけど、歩きってなかなかいなくね?じゃあ歩きでしょ!こんな感じでした(笑)」

とてもテンポ良く話してくれましたが、その決断力の凄さは認めざるを得ません。心配性のご両親に対しては、なんと出発する一週間前に突然報告したのだとか。

札幌より歩いて日本一周スタート!

晴れてちーだーさんが行く日本一周。まずは北海道をぐるりと一周しました。


(この画像はあっちゃんさんという方がデザインしてくれたもの)

「北海道民なのに、意外と知らない地名や場所、郷土料理などがあって驚きました」
北海道は函館まで来て、そしてフェリーで青森県の大間へと渡ります。

そうそう実は現在、まだちーだーさんの旅は始まったばかり。日本の3分の2はまだ未踏の地です。

旅をしていると、色々感じることも多くあります。

「悪い人より良い人の方が多いと思った」なんて旅を始める前と後で少し世の中の見方も変わってきた様子。

一番心に残っている人は?と聞いてみると、ちーだーさんは「一番は難しい!」と頭をひねります。

「…愛知県豊田市から北海道旭岳にわざわざ登山をしに来るくらいの登山好きな方に旭岳で会いました。『名古屋に来ることあれば家に泊まりなよ!名古屋名物も食べさせてやるよ!』と言っていただき実際に名古屋に行ったときは、ひつまぶしと味噌煮込みうどんを食べさせてくれたのはかなり嬉しかったです(笑)」

素敵な縁が続いている、これも旅の醍醐味のひとつです。
とは言え自身を「人見知り」と話すちーだーさん。それでも、旅をしていく中で多くの人と出会ってきたことは間違いありません。

東京という大都会で学生団体などを運営しているなおきちさんという男性も、旅の最中に直接お会いした内のひとり。

(なおきちさんの記事『誰かにそっと手を差し伸べるなおきち。100人に会う挑戦)

たまたまなおきちさんから声をかけてくれたそうなのですが、実は日本一周をしていると謳うと、会いましょうと声をかけてくれる人も少なくはないのだとか。

「もちろん全員と会うわけではないです。なおきちさんは一番最初の直感でこの人は会っても大丈夫そうだなって感じたんです。なおきちさんは最初から自分のことをさらけ出していたのでお会いすることにしました」

いざという時は逃げれますから、とニヤリ。
さらに言葉を続けます。

「よくよく考えたらTwitterのDMなんかで会いましょうって言われて会うって大丈夫なのかな?っていう思いもありました。でも、ここで引いたら昔のアルバイトみたいに自分正当化して逃げるだけなので、ここは勇気を出してお会いしました」

ちーだーさんはこの旅を通して自らを変えようとしています。

沖縄でアルバイト。人生初のサトウキビ刈り

そう、そして現在は沖縄の地に渡りました。日本一周の繋がりから生まれた縁。

「以前バイクで日本一周をしていた方から沖縄でバイトをしてみない?とTwitterで連絡がきたんです」

こうしてバイト先と連絡を取り、ついに沖縄でアルバイトという新たな経験をすることに。業務内容は西表島でのサトウキビ刈り。ちーだーさんの地元北海道にいたらまず経験できない仕事です。

「なにもかもが新鮮で良い経験させてもらってます!」と楽しそう。

そんなちーだーさんもいずれは沖縄を出て、また一周をスタートさせる予定。今後の目標を聞いてみると力強くこう言い放ちました。

「脚が切断しても『歩いて日本一周』はやり遂げます!」

なにもかも諦める自分が嫌いだった。
正当化して逃げてしまう自分が嫌いだった。

ちーだーさんはそんな自分を変えようと、変えたいと歩み進めているのです。

「とりあえず今は達成することが目標。その先は考えていない。時間や期限を決めてしまうと、制限がかかったみたいで嫌なんですよ。自分のペースでやりたいんです(笑)」

やっぱりちーだーさんらしいけど、だから良いのかもしれません。

これは親友とつくったという日本一周という文字を描いた木彫り。この宝物をリュックに引っさげて今日も歩きます。

ちーだーさんは自分のことを「悪い意味でも良い意味でも芯を曲げないで生きている」と話していました。そんなちーだーさんだからこそこれを読んでいるみんなに伝えたいメッセージは…

「まわりなんか気にしない!わがままかつ、頑固に生きよう!…いや、柔らかく、頑固に生きよう!にしようかな…」

いい意味でも悪い意味でも素直なちーだーさんから、何かに迷っている人たちへ贈る力強いメッセージ。

自分のペースで、確固たる目標達成を目指しているらちーだーさん。いつかあなたのまちに現れるかもしれません。

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ちーだーさんのツイッターはこちら
https://www.twitter.com/TIDA_I_W_A_J